歌人プロフィール
官人 六位
和歌でその名を有名にした人が多い位。多くが地方官として日本各地様々な土地に赴いた人が多い。
4
山部赤人
田子の浦に
うちいでて見れば白妙の
富士の高嶺に
雪はふりつつ
田子の浦に
ちょっと出てみりゃ 真っ白な
富士の高嶺に
雪が降ってる
情景を抒情的に表現
エピソード
この歌は元々、万葉集に収録された自分の長歌を アレンジしたものとされている。
宮廷歌人
奈良時代初期の宮廷歌人で、天皇の旅に同行して歌を捧げたり、皇室で不幸があれば挽歌を詠むなどの仕事をした。柿本人麿(3番)とともに歌聖人として名前が残されている。各地を旅し、その土地の景色を読んだ歌が多く残されている。
- ◆享年:
- 不明
- ◆役職:
- 国司
- ◆役割:
- 地方赴任/上総守(千葉)
- ◆作品:
- 万葉集に多く残されている
- ◆勅撰和歌数:
- 0首

22
文屋康秀
吹くからに
秋の草木の しをるれば
むべ山風を
あらしといふらむ
吹き出すと
秋の草木が 枯れるから
その山風を
嵐と言うのか
洒落た漢字と言葉遊びの歌
エピソード
光孝天皇の第二皇子、是貞の親王の歌合で詠まれ、ウイットに飛んだこの歌は参加者を唸らせたという。
技巧派の歌人
小野小町とも親密だったと言われ、三河国に赴任するよう命じられた時にも一緒に行かないか誘ったエピソードがある。ちなみに小野小町はその誘いに対して前向きな返歌を送っているが、実際について行ったかどうかは明らかにされていない。
- ◆享年:
- 不明
- ◆役職:
- 縫殿所
- ◆役割:
- 女官の人事
- ◆作品:
- なし
- ◆勅撰和歌数:
- 5首

29
凡河内躬恒
心あてに
折らばや折らむ 初霜の
おきまどはせる
白菊の花
テキトーに
折ってもみようか 初霜が
降りて迷わす
白菊の花
白菊と霜の風景美を歌う
エピソード
詳しいきっかけは不明だが、作者の活躍した時期はこの歌の様に 雪と梅、月光と白菊などを見立てて詠むのがトレンドだった。
正岡子規酷評の歌人
それほど目立って出世したわけではなく、丹波、和泉、淡路などの地方官を長く歴任した。しかし歌人としては「古今和歌集」の選者に任じられるなど、確かな実力を持っていたことで知られている。
- ◆享年:
- 66歳
- ◆役職:
- 国司
- ◆役割:
- 地方官/和泉守(大阪)
- ◆作品:
- 家集
- ◆勅撰和歌数:
- 190首

32
春道列樹
山川に
風のかけたる しがらみは
流れもあへぬ
もみぢなりけり
谷川に
風が仕掛けた 柵は
流れに負けない
紅葉だったよ
趣のある情景描写で紅葉の美しさを表現
エピソード
京都北白川→琵琶湖岸へ向かうことを表す「志賀越道」の途中で歌われた。
豪族の末裔
文章生、大宰大典を経て、壱岐守の地方官に任命されたが、壱岐島の美しい景色を見ることなかった。赴任する前に没してしまったとしている。歌人としては残されている和歌数も少なく、百人一首に無ければほぼ無名だった。
- ◆享年:
- 不明
- ◆役職:
- 国司
- ◆役割:
- 地方官/壱岐守(長崎)
- ◆作品:
- なし
- ◆勅撰和歌数:
- 5首

33
紀友則
久かたの
光のどけき 春の日に
しづ心なく
花の散るらむ
ひさかたの
光静かな 春の日に
落ち着かなくて
花は散るのさ
散りゆく桜の無常感を歌う
エピソード
友則ほど才能と出世とが噛み合わない人はいない。
野心家でなく地味な性格を体言したような一句でもある。
無冠の名歌人
政治家として不遇の紀氏の一族の一人。時代も藤原氏の摂関政治の開始されたこともあって、40過ぎまで官職に恵まれることはなく、和歌でも淡白な作風は当時周囲にはウケなかったが、百人一首に選ばれたことで、その才能と名を後世に遺した。
- ◆享年:
- 62歳
- ◆役職:
- 大内記
- ◆役割:
- 宮中の書記係
- ◆作品:
- 家集
- ◆勅撰和歌数:
- 64首

34
藤原興風
誰をかも
知る人にせむ 高砂の
松もむかしの
友ならなくに
今誰と
話し合えるの高砂の
松さえ昔の
友達じゃない
物言わぬ松から感じる老いの哀愁
エピソード
晩年に歌った歌とされている
琴の名手
地方官の傍ら、歌合などに多く参加をし。36歌仙にも撰 出された。独自の見解を見せる歌論書で後世に影響を残 す浜成の曾孫。管弦、特に琴が得意とされる。彼の祖父 は最も古い歌の研究論文(歌学書)を遺した人。
- ◆享年:
- 不明
- ◆役職:
- 国司
- ◆役割:
- 地地方官/下総守(千葉)
- ◆作品:
- 家集
- ◆勅撰和歌数:
- 38首

37
文屋朝康
白露に
風の吹きしく 秋の野は
つらぬきとめぬ
玉ぞ散りける
白露に
風が吹いてる 秋の野は
パッと飛び散る
首飾りだよ
白露を真珠に例えた比喩センスが光る
エピソード
雫を真珠玉に例える作者のセンスは万葉集時代からの朝康の十八番。
「見立て」 の達人
朝廷の宮司(接待役),歌合にも何度か出席している記録がある。臣籍降下した没落貴族であり、官位は低いが歌人として重んじられた人とされる。同じ官位である文屋康 秀(22番)は父親。
- ◆享年:
- 不明
- ◆役職:
- 大膳少進
- ◆役割:
- 宮中職員の取締係
- ◆作品:
- なし
- ◆勅撰和歌数:
- 3首

41
壬生忠見
恋すてふ
わが名はまだき 立ちにけり
人知れずこそ
思ひそめしか
あの人が
好きだとみんなに バレちゃった
誰にも内緒で
恋していたのに
忍ぶ恋を隠し通すことの難しさを歌う
エピソード
村上天皇主催の天徳内裏歌合で開かれた歌合において、「恋」のお題で詠み競われた。
多くの歌合に参加
地方官として摂津、伊予国へ赴任した。貧しい家ながらも歌の才を見込まれて、幼少より内裏に召し出されている。平兼盛(40番)の歌合において惜敗したものの互角に渡り合った相手をしても有名。この対決は後の歌合の規範ともなる。
- ◆享年:
- 不明
- ◆役職:
- 国司
- ◆役割:
- 方官/摂津守(大阪)
- ◆作品:
- 家集
- ◆勅撰和歌数:
- 36首
