歌人プロフィール
官人 四位
参議、左京太夫等、政治が潤滑に回るための調整役を担うことが中心の官職が多く、役職内容も幅広い。
3
在原業平
(在原業平朝臣)
千早ぶる
神代もきかず 龍田川
からくれなゐに
水くくるとは
ミラクルな
神代にもない 竜田川
こんな真っ赤に
水を染めるか!
竜田川の美しさを比喩で表現している
エピソード
かつて駆け落ちをした相手、清和天皇の皇后高子と公の場で会った時その屏風の絵を見て読んだ屏風歌とされる。
伊勢物語の主人公
行平(16番)の弟で、兄同様元皇族。百人一首の歌としても歌人としても有名な業平は、美男で恋に奔放すぎるあまり、一生の内に枕を共にした女性は老若問わず、3733人にのぼる一説まであるほど。彼は「伊勢物語」の主人公でもある。
- ◆享年:
- 歳
- ◆役職:
- 右近衛権中将
- ◆役割:
- 天皇、皇族、高官の警護
- ◆作品:
- なし
- ◆勅撰和歌数:
- 87首

18
藤原敏行
(藤原敏行朝臣)
住の江の
岸による波 よるさへや
夢の通ひ路
人目よくらむ
住の江の
岸による波 夜の中
夢の中でも
僕を避けるの?
女性の立場に立って詠んだ、忍ぶ恋の歌
エピソード
光孝天皇の妃の御殿で開かれた歌会で詠まれたとされている。女性になりきって読まれたとする解釈がある
書家•歌人
能書家でもあり、その実力はあの空海に勝るとも劣らないレベルとされている。およそ200人に頼まれて、法華経の書写をしたエピソードまで残されている。業平(17番)の奥さん同士は姉妹なので業平とは姻戚関係に当たる。業平同様色好みとされている。
- ◆享年:
- 不明
- ◆役職:
- 右兵衛督
- ◆役割:
- 天皇、皇族、高官の警護
- ◆作品:
- 家集
- ◆勅撰和歌数:
- 28首

28
源宗于
(源宗于朝臣)
山里は
冬ぞさびしさ まさりける
人めも草も
かれぬと思へば
山里は
冬が寂しさ 強くなる
人も来ないし
草も枯れるし
歌人の後の人生を思わせる寂しさを季節の情景に乗せた歌
エピソード
藤原興風(34番)が是貞親王歌合の時に詠んだ一首の、「枯れる」をより強調して詠んでいる。
天皇家系の不遇人生
光孝天皇の孫。皇位継承されず降下されたことを不満に持ち、皇族に復帰することを望む歌でアピールをしたものの、その本意は伝わらず終い。
- ◆享年:
- 不明
- ◆役職:
- 右京大夫
- ◆役割:
- 都の治安維持
- ◆作品:
- なし
- ◆勅撰和歌数:
- 15首

39
源 等
(参議等)
浅茅生の
小野のしの原 しのぶれど
あまりてなどか
人の恋しき
浅茅生の
小野の篠原 忍んでも
抑えきれない
あなたが恋しい
報われない恋であることを暗示した歌
エピソード
「後撰集」詞書の記録によると、当時片想いをしていた相手に送ったとされている。
大器晩成の苦労人
嵯峨天皇の曾孫。地方官を長く歴任し、60で参議に入る、天皇直系ではかなり遅い昇進。歌人としても政治家としても若い時はいまいちパッしない経歴の持ち主。
- ◆享年:
- 71歳
- ◆役職:
- 参議
- ◆役割:
- 政治家
- ◆作品:
- 家集
- ◆勅撰和歌数:
- 4首

49
大中臣能宣
(大中臣能宣朝臣)
御垣守
衛士のたく火の 夜はもえ
昼は消えつつ
ものをこそ思へ
恋の火は
夜景の明かり 闇に燃え
昼はひっそり
ものを思うよ
闇夜の火の鮮烈さを恋心に例えたビジュアライズな一句
エピソード
この歌は詠み人知らずのため、この人が作者ではない可能性がある。
伊勢神宮 神主
伊勢神宮の神主を勤め、伊勢大輔(61番)のお祖父ちゃんでもある。優れた和歌の学者のグループ名「梨壺の5人」。百人一首から2人選ばれており、その1人とされている。宮廷内の和歌編集局で「万葉集」「後撰和歌集」の編集にあたる。
- ◆享年:
- 70歳
- ◆役職:
- 神祇官(伊勢神宮勤務)
- ◆役割:
- 朝廷の祭祀
- ◆作品:
- 家集
- ◆勅撰和歌数:
- 124首

51
藤原実方
(藤原実方朝臣)
かくとだに
えやは伊吹の さしも草
さしも知らじな
燃ゆる思ひを
こうとさえ
言えない伊吹の さしも草
そうとも知らない
燃える思いを
燃える思いをさしも草の火に託して伝える
エピソード
恋をした女の思い人に対して初めて恋心を打ち明けた時の歌。
短気な貴公子
当時の和歌のお偉い様方にも一目置かれ、宮中の花形として華やかな世界に身を置いてきた貴公子。しかし義孝(50番)の子、行成と喧嘩をした際に、彼の冠をはたき落としてしまう短期さが仇になり、陸奥に左遷されたというエピソードが残る。馬の下敷きになって死ぬ。
- ◆享年:
- 40代で没
- ◆役職:
- 左近衛中将
- ◆役割:
- 宮中の警護
- ◆作品:
- 家集
- ◆勅撰和歌数:
- 64首

52
藤原道信
藤原道信朝臣
明けぬれば
暮るるものとは 知りながら
なほ恨めしき
あさぼらけかな
朝になる
また夜が来る わかるけど
それでもくやしい
朝の光さ
別れの朝がやってくることを恨めしく詠む
エピソード
二人があってその翌朝に歌を送ることが礼儀となっており、この歌も女性の家から帰った後に詠まれたとされている。
早世の天才歌人
生みの母方から見れば、藤原伊尹(45番)の孫。藤原兼家の養子となったため、道綱母(53番)は義理の母に当たる。家の影響から、政治家として出世するには十二分だったが、興味は政治より和歌だったようだ。当時の感染病、天然痘により23歳の若さでこの世を去る。
- ◆享年:
- 22歳
- ◆役職:
- 左近衛中将
- ◆役割:
- 宮中の警護
- ◆作品:
- 家集
- ◆勅撰和歌数:
- 49首

74
源俊頼
(源俊頼)
うかりける
人を初瀬の 山おろしよ
はげしかれとは
祈らぬものを
冷たいな
初瀬に祈って 山嵐
ひどくなれとは
頼んでないよ
エピソード
定家の祖父俊忠の開いた歌会での歌合にて行われ、
「祈れども逢わざる恋」の題に対して歌われた。
当代一の歌人
金葉集の編集者として選ばれたほど、和歌に精通した人物。その才能は和歌だけにとどまらず、笛の一種、篳篥(ひちりき)を嗜んでいた記録も残されている。歌合に楽人として参加した経験を持つ。官人としては生涯不遇だったとされる。
- ◆享年:
- 74歳
- ◆役職:
- 木工頭
- ◆役割:
- 宮廷の建築・修理担当
- ◆作品:
- 家集、歌論書「俊頼髄脳」
- ◆勅撰和歌数:
- 201首

84
藤原清輔
(藤原清輔朝臣)
ながらへば
またこの頃や しのばれむ
憂しと見し世ぞ
今は恋しき
生きてけば
よく思えるのか 今のこと
嫌だと思った
昔も恋しい
不遇な人生で掴んだ人生の指南和歌
エピソード
出世できずにいた友人へ励ましとして送った一首とされる。
また、本人も不遇が長いため、自分への励ましとも取れる一首。
人生の苦労人
父親、顕輔(79番)との確執、恵まれない出世など、様々な不遇である中で平安時代の歌界をリードする。父親の詩歌集の編集の助言も無下にされたり、続詩歌集の編集を任されても天皇の崩御によって頓挫したりと、憂し出来事は多かった人生の苦労人。
- ◆享年:
- 69歳
- ◆役職:
- 太皇太后宮大進
- ◆役割:
- 皇后の身の回りの世話
- ◆作品:
- 家集、歌学書「袋草紙」他
- ◆勅撰和歌数:
- 89首
