歌人プロフィール

官人 三位

大臣の次に偉い、納言に相当する役職がこの官位に当たる。政治の中でも存在感を見せる位。

3

かきのもとのひとまろ

柿本人麻呂

あしひきの
山どりの尾のしだり尾の
あしひきの
ひとりかもねむ

あしびきの
山鳥の尾の だらだらと
ながながし夜を
ひとり寝るのかあ

恋人と離れ離れになる夜を描く歌

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エピソード
作者不明「読み人知らず」として万葉集に乗っていたものであり、それを人麻呂が詠んだとして選んだとされる。

伝説の万葉集歌人

平安時代から歌の神様として山部赤人(4番)と共に崇められている万葉集歌人。天武天皇の皇子たちに捧げた歌 が多く、かなりの高官でありながら公式の史料にいっさい登場しないことから、現代でも本当にいたのか説、山部赤人と同一人物説など今でも様々な謎を残している。

◆享年:
不明
◆役職:
不明
◆役割:
宮中の歌詠み係
◆作品:
家集
◆勅撰和歌数:
248首
柿本人麻呂

6

おおとものやかもち

大伴家持

ちゅうなごんやかもち

(中納言家持)

かささぎの
わたせる橋におく霜の
白きを見れば
夜ぞふけにける

かささぎの
架けた銀河に きらきらと
霜が光れば
今は真夜中

七夕伝説をダイナミックな比喩で捉える

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エピソード
冬に天の川のかかる夜空を見上げて作った説、宮中の橋から連想した説と、解釈が二つある歌。

万葉集の編集者

官吏として活躍した万葉集の最終的な編者である。彼の作品は万葉集に473首と、全体の1割もの和歌が選ばれ、これは万葉集最多の数である。その人生は藤原氏の台頭の時代と作者本人が政治的事件に度々関わったことに伴い、地方官を長く務めることになる。

◆享年:
67歳
◆役職:
中納言
◆役割:
大納言の補佐
◆作品:
なし
◆勅撰和歌数:
60首
大伴家持

11

おのたかむら

小野 篁

さんぎたかむら

(参議篁)

わたの原
八十島かけて 漕ぎ出でぬと
人にはつげよ
あまのつり舟

海原を
島々めざして 出てったと
伝えてくれよ
海人の釣り舟

流刑地へ出向する孤独を歌う

きっかけアイコン:送り歌

エピソード
流罪という刑を受け、陸路からいよいよ目的地の沖島に向かって 船出するという間際に、会場に浮かぶ漁師に呼びかけた歌。

文武両道の官僚

漢詩の才能に優れ、嵯峨天皇に重宝。「野狂」とあだ名されるほどの粗野で抜き身すぎる性格の因果が隠岐に流罪となる残念な応報に。歌人として多くは残されておらず、和歌もこの一首だけしか残っていない。

◆享年:
50歳
◆役職:
参議
◆役割:
政治家
◆作品:
なし
◆勅撰和歌数:
1首
小野篁

16

ありわらのゆきひら

在原行平

ちゅうなごんゆきひら

(中納言行平)

立ち別れ
いなばの山の 峰に生ふる
まつとしきかば
今かへり来む

行きますが
因幡の山の 峰の松
待つと聞いたら
すぐ帰りましょう

一人任地へ赴く切なさ、都を離れる寂しみ

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エピソード
地方に赴任することになった作者。転任の挨拶をする別れの歌で、見送り友人か奥さんに送った歌とされる。

堅実で真面目な地方官

在原姓は臣籍降下した経験を持つ、元皇族。奔放な弟、業平(17番)とは違い、性格も女性に関しても落ち着きのある素行で学問に熱心、官僚としても優秀。因幡のほか須磨にも蟄居として赴く地方官の役を任命されていた。

◆享年:
75歳
◆役職:
中納言
◆役割:
大納言の補佐
◆作品:
なし
◆勅撰和歌数:
11首
在原行平

27

ふじわらのかねすけ

藤原兼輔

ちゅうなごんかねすけ

(中納言兼輔)

みかの原
わきて流るる 泉川
いつみきとてか
恋しかるらむ

瓶の原
わいて流るる 泉川
いつ見てこんなに
恋しいのかなあ

肥大化した妄想で魅力的になった相手へ

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エピソード
この歌は男女の知り合うまでの習慣から来ると推測されている。男性は覗き見や噂話で情報を集めるのである。

紫式部のおじいちゃん

官僚としても歌人としても一目置かれる紫式部の曽祖父で、鴨川の堤に邸宅があったため、堤中納言とも呼ばれた。彼の邸宅には歌人たちが集い、風雅な交流が行われ、紀貫之(35番)、凡河内躬恒(29番)の後ろ盾的存在。しかし、この歌は読み人知らずとしての説が有力。

◆享年:
56歳
◆役職:
中納言
◆役割:
大納言の補佐
◆作品:
なし
◆勅撰和歌数:
56首
藤原兼輔

43

ふじわらのあつただ

藤原敦忠

ごんちゅうなごんあつただ

(権中納言敦忠)

逢ひ見ての
後の心に くらぶれば
昔はものを
思はざりけり

実際に
やった後から くらべれば
昔は何にも
知らなかったなー

満足できない恋愛の性を歌う別れの歌

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エピソード
共寝した男女が翌日別れる「後朝の別れ」はその後に歌を送るのがマナー。
ここでも敦忠は女性に和歌を送っています

恋多きロマンチスト

在原業平(17番)の曾孫。その血筋を受け継いだのか、恋多きプレイボーイで、右近(38番)からもその関係を揶揄する句を送られたり、内親王との悲恋もあるなど様々な女性との浮名を流す。親子共々短命なのだが、それは、道真(24番)の呪いを受けて亡くなったとも言われる。

◆享年:
37歳
◆役職:
権中納言
◆役割:
大納言の補佐
◆作品:
家集
◆勅撰和歌数:
30首
藤原敦忠

44

ふじわらのあさただ

藤原朝忠

ちゅうなごんあさただ

(中納言朝忠)

逢ふことの
絶えてしなくは なかなかに
人をも身をも
恨みざらまし

ヤることが
この世になければ 絶対に
こんなにイライラ
しないだろうさ!

どうしようもない恋の嘆きを超過激に歌う

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エピソード
「天徳内裏歌合」の歌の会合で詠まれた。この歌合で、作者は6戦の歌合で5勝した活躍ぶりを見せた。

笛の名手

漢学の才があり、筀(笛)の名手。恋愛遍歴が豊かで、多くの宮廷女性と百人一首に登場する右近(38番)もその一人だったとされる。かなり大食いで座るのも苦しいほどの肥満体型だったとする逸話も残されている。痩せるようにと勧められたが、それが大食いのきっかけになったそうだ。

◆享年:
56歳
◆役職:
中納言
◆役割:
大納言の補佐
◆作品:
家集
◆勅撰和歌数:
21首

63

ふじわらのみちまさ

藤原道雅

さきょうだいふみちまさ

(左京大夫道雅)

今はただ
思ひ絶えなむ とばかりを
人づてならで
言ふよしもがな

今はもう
あきらめましたと それだけを
ひとづてでなく
言ってみたいよ

「あはれ」な悲恋の終わりを伝えんとする一句

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エピソード
当子内親王との恋を引き裂かれて辛い胸の内を歌う。 この歌の後に当子は出家、その後に亡くなる。

アウトロー人生

政権争いに敗れ落ちぶれていく不遇の人。24歳で身分違いの大恋愛。その結末は「栄花物語」に遺されるほど。その悲恋の影響からかは定かでないが、その後は素行が悪化。悪行をつくし「荒三位(サイコパスに近い)」と言うあだ名までつけられるほどのグレっぷりを見せている。

◆享年:
62歳
◆役職:
左京大夫
◆役割:
行政事務
◆作品:
なし
◆勅撰和歌数:
7首
藤原道雅

79

ふじわらあきすけ

藤原顕輔

さきょうだいふあきすけ

(左京大夫顕輔)

秋風に
たなびく雲の 絶え間より
もれ出づる月の
影のさやけさ

秋風に
たなびく雲の 絶え間より
もれてる月の
光はくっきり

雲間の月光を清々しく描写する

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エピソード
崇徳院へ百首歌を贈った際の一首とされている。

詞花集編集者

詩花和歌集の撰者の一人に選ばれるほど、歌人としての実力があり、当時の和歌の指導者でもあった。顕輔の父親が興した和歌の流派は六条家と呼ばれ、その歌のスタイルは淡々と無機質に詠むスタイル。

◆享年:
65歳
◆役職:
左京大夫
◆役割:
行政事務
◆作品:
家集、百首歌 他
◆勅撰和歌数:
84首
藤原顕輔

83

ふじわらのしゅんぜい

藤原俊成

こうたいごうぐうだいふとしなり

(皇太后宮大夫俊成)

世の中よ
道こそなけれ 思ひ入る
山の奥にも
鹿ぞ鳴くなる

世の中に
道ってないんだ 考えて
踏み入る山でも
鹿は鳴いてる

尽きない悩み事に対して悟った境地

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エピソード
作者の作品である、世の中の不遇を100の歌にまとめた作品「述懐百首」の歌の一つ。

百人一首の親の親

定家(97番)のお父さん。「千載和歌集」の編者でもあり、歌の研究書(歌論書)も書くほど和歌に詳しい。侘び寂びの由来の一つ、幽玄と呼ばれる美的理念の一つを確立する。病気になったことがきっかけで63歳で出家。

◆享年:
90歳
◆役職:
皇太后宮大夫
◆役割:
皇太后宮の事務
◆作品:
歌論書「古来風躰抄」他
◆勅撰和歌数:
414首
藤原俊成

94

あすかいまさつね

飛鳥井雅経

さんぎまさつね

(参議雅経)

みよし野の
山の秋風 小夜ふけて
ふるさと寒く
衣うつなり

みよしのの
山の秋風 小夜ふけて
古都は寒さに
衣打つ音

寂寥感を募らせる秋の衣打ち

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エピソード
奈良に出かけた際に読まれた。

蹴鞠の家系

蹴鞠をつくった先祖でもあり、もちろん本人も蹴鞠がうまく、その運動神経もさることながら、和歌の世界でも新古今集和歌集の編集者の一人として選ばれるほどの実力の持ち主。

◆享年:
51歳
◆役職:
参議
◆役割:
政治家
◆作品:
家集、日記「雅経御記」
◆勅撰和歌数:
132首
飛鳥井雅経